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最高裁判所第二小法廷 平成8年(行ツ)236号 判決

上告人

逗子市監査委員石黒輝夫

右訴訟代理人弁護士

横溝徹

被上告人

鈴木スム子

右訴訟代理人弁護士

小野毅

佐伯剛

小賀坂徹

陶山圭之輔

宮代洋一

星野秀紀

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人横溝徹の上告理由について

一  原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  被上告人は、平成四年三月三一日、逗子市情報公開条例(平成二年逗子市条例第六号。以下「本件条例」という。)八条に基づき、本件条例三条二項所定の実施機関である上告人に対し、いずれも逗子市の住民の請求に係る昭和五九年三月一七日付け住民監査請求(以下「五九年監査請求」という。)に関する一件記録及び同六〇年二月一四日付け住民監査請求(以下「六〇年監査請求」という。)に関する一件記録の各公開を請求した(以下、この請求を「本件請求」という。)。

2  上告人は、被上告人に対し、平成四年四月二一日付けの書面により、本件請求に係る右各一件記録に含まれている関係人の事情聴取記録につき、「市又は国の機関が行う争訟に関する情報であり、公開することにより当該事務事業及び将来の同種の事務事業の目的をそう失し、また円滑な執行を著しく妨げるもの」であって、本件条例五条(2)ウの規定する非公開事由があるという理由を付記して、これらを公開しない旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。

3  五九年監査請求は、いわゆる池子弾薬庫跡地内に所在した町道、堤塘、原野等の土地(以下「本件係争地」という。)について逗子市所有地としての適正な管理等の処置を執ることを求めたものである。これを受けて、逗子市監査委員は、監査を行い、昭和五九年五月一五日付けで、右請求には理由がないとする監査結果を請求人に通知した。

また、六〇年監査請求は、逗子市が右同日に本件係争地について真正な登記名義の回復を原因として国に対し所有権移転登記をしたことにつき、逗子市長が登記承諾書を国に交付した行為が違法であり、かつ、本件係争地の管理を違法に怠るものであるとして、必要な措置を講ずべきことを請求したものである。これを受けて、逗子市監査委員は、監査を行い、同六〇年四月一二日付けで、右請求には理由がないとする監査結果を請求人らに通知した。

六〇年監査請求の請求人らは、右監査結果に不服があるとして、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、国に対して、前記土地についての所有権移転登記の抹消登記手続等を求める住民訴訟(以下「本件住民訴訟」という。)を提起した。本件住民訴訟については、一審の横浜地方裁判所が、平成三年八月二八日、請求棄却の判決をし、控訴審の東京高等裁判所小法廷が、同六年三月一〇日、控訴棄却の判決をしたので、右請求人らが最高裁判所に上告した(なお、その後、最高裁判所第三小法廷が、同九年九月九日、上告棄却の判決をしたことが、当裁判所に顕著である。)。

さらに、池子弾薬庫敷地内のいまだ国の所有名義になっていなかった土地について、所有名義人らが国に対して所有権確認等を求める訴訟を提起し、これに対し、国が右所有名義人らに対し所有権移転登記手続等を求める反訴を提起した(以下、「この訴訟を「本件民事訴訟」という。)。本件民事訴訟については、一審の横浜地方裁判所横須賀支部が、同四年三月二三日、本訴請求棄却、反訴請求認容の判決をし、控訴審の東京高等裁判所において、当事者間に裁判上の和解が成立した。

4  本件処分により非公開とされた事情聴取記録は、具体的には、五九年監査請求に関する一件記録のうち、本件係争地につき国に対してされた前記所有権移転登記の事務に関係した逗子市所管課に同監査請求当時に在籍した職員から逗子市監査委員が事情聴取をした内容を記録した文書、六〇年監査請求に関する一件記録のうち、右所管課、横浜地方法務局横須賀支局、大蔵省関東財務局横浜事務所横須賀出張所及び横浜防衛施設局施設部にそれぞれ同監査請求当時に在籍した各職員から同監査委員がそれぞれ事情聴取をした内容を記録した各文書(以下、これらの非公開とされた文書を「本件各文書」という。)である。

5  被上告人は、本件各文書は本件条例所定の非公開文書に当たらないと主張して、本件処分の取消しを求めて本件訴訟を提起した。本件訴訟において、上告人は、本件住民訴訟及び本件民事訴訟が本件条例五条(2)ウにいう「争訟」に該当し、本件各文書は「争訟の方針に関する情報」に当たると主張するほか、本件各文書は、住民監査請求に関する判断資料であって、同条(2)アの「意思決定過程における情報」に該当するから、本件処分は適法であると主張する。

6  本件条例五条は、実施機関が非公開とすることができる情報として(1)及び(2)の各号の規定を置き、その(2)は、柱書きにおいて、「市が実施する事務又は事業に関する情報であって、公開することにより当該事務又は事業の公正又は円滑な執行に著しい支障をきたす情報で次に掲げるもの」とした上で、アからエまでの情報を列挙している。そのうち、アは「市の機関内部若しくは機関相互又は市の機関と国等(国又は他の地方公共団体をいう。以下「国等」という。)の機関との間における調査、研究、検討、審議等の意思決定過程における情報であって、公開することにより公正又は適正な意思決定を著しく妨げるもの」と、ウは「市又は国等の機関が行う監査、検査、取締り、徴税等の計画又は実施要領、渉外、争訟及び交渉の方針、契約の予定価格、試験問題、採点基準、用地買収計画その他市等の機関が行う事務又は事業に関する情報であって、公開することにより当該事務若しくは事業又は将来の同種の事務若しくは事業の目的を失わせるもの又は公正かつ円滑な執行を著しく妨げるもの」と、それぞれ規定している。

また、本件条例九条四項前段は、実施機関が公開請求に係る情報の閲覧、視聴取及びその写しの交付を拒むときは、非公開決定の通知に併せてその理由を通知しなければならないと規定している。

二  右事実関係の下において、原審は、次のとおり判断した。

1  本件条例五条(2)(ウ)にいう「争訟の方針に関する情報」とは、現に係属し又は係属が具体的に予想される事案に即した事件の見通しなどの浮動的な法律解釈や事実認定に関する事項、更には処理方針に限定されるものと解される。

本件各文書は、関係行政機関の従前の取扱いや法的解釈について聴取した部分を含め、事実関係の調査結果の範ちゅうを超えるものと認めるには足りないから、右の「争訟の方針に関する情報」に当たるとは認められない。住民監査請求に係る関係行政機関の事務処理に適正を欠くものがあったことが裏付けられる事実関係に関する情報は、仮にこれが新たな争訟を誘発することになるにしても、右「争訟の方針に関する情報」に当たるとは解されない。上告人は、池子弾薬庫跡地内の土地につき国に対して移転登記をしたこと等の原因に必ずしも明らかになっていない点があり、この点が公開されることになると、将来の市有地の移転、更には市政に対する疑いを広げることになり、市政の公正かつ適正又は円滑な執行を妨げる結果になると主張するが、そこに争訟の方針に関する事項がどのように示されているのかについての具体的主張はないし、市政の公正かつ適正又は円滑な執行を妨げる結果になるとの点を認めるに足りる証拠もない。その他本件各文書が本件条例五条(2)ウ所定の非公開とすることができる情報に該当すると認めるべき事実はない。

2  上告人は、本件各文書が本件条例五条(2)アに該当するとも主張するが、本件条例九条の規定の趣旨、目的に照らし、被上告人に対する本件処分の通知書に付記しなかった非公開事由をもって、同通知書に付記した事由に代替させ、あるいはそれを補充することは許されず、これにより本件処分の瑕疵の治癒を認めることはできないと解されるから、右主張は、それ自体失当として採用の限りでない。

3  のみならず、本件請求時においては、五九年監査請求及び六〇年監査請求についてはいずれも監査結果の通知が請求人にされていたのであるから、本件各文書を公開することにより当該監査の意思決定を妨げることがないことは明らかであるし、監査委員の調査の結果を公開することが一般的に公正、適正な監査の意思決定を妨げることになるとも認められない。したがって、本件各文書が本件条例五条(2)アに該当するとはいえない。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  本件条例五条(2)ウが「争訟の方針に関する情報」を非公開とすることができるものとしている趣旨は、逗子市、国若しくは他の地方公共団体又はその機関が一方当事者として争訟に対処するための内部的な方針に関する情報が公開されると、それが正規の交渉等の場を経ないで相手方当事者に伝わるなどして、紛争の公正、円滑な解決を妨げるおそれがあるからであると解される。そうすると、右規定にいう「争訟の方針に関する情報」は、所論のように争訟の帰すうに影響を与える情報のすべてを指すものと解するのは相当でないが、現に係属し又は係属が具体的に予想される事案に即した具体的方針に限定されると解すべきではなく、右の団体又はその機関が行うことのあるべき争訟に対処するための一般的方針を含むものと解するのが相当である。したがって、右の一般的方針が含まれている場合には、本件各文書は争訟の方針に関する情報に当たるというべきである。

上告人の主張によれば、横浜防衛施設局施設管理課職員からの事情聴取書には、全国の未登記土地に関する国と所有名義人との間における民事上の紛争の処理の仕方、手法についての供述や、国の民事訴訟解決の手の内も示されているというのである。そうであるなら、これらの情報は国の争訟の方針に関する情報に当たり、これが公開されることになれば、現在及び将来の国のかかわる未登記土地等に関する争訟の遂行に著しい支障を生ずることになる可能性があるものというべきである。したがって、前記二1の解釈に基づいて右主張に係る情報が「争訟の方針に関する情報」に当たらないとした原審の判断には、本件条例五条(2)ウの解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ず、右違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかである。

2 本件条例九条四項前段が、前記のように非公開決定の通知に併せてその理由を通知すべきものとしているのは、本件条例二条が、逗子市の保有する情報は公開することを原則とし、非公開とすることができる情報は必要最小限にとどめられること、市民にとって分かりやすく利用しやすい情報公開制度となるよう努めること、情報の公開が拒否されたときは公正かつ迅速な救済が保障されることなどを解釈、運用の基本原則とする旨規定していること等にかんがみ、非公開の理由の有無について実施機関の判断の慎重と公正妥当とを担保してそのし意を抑制するとともに、非公開の理由を公開請求者に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与えることを目的としていると解すべきである。そして、そのような目的は非公開の理由を具体的に記載して通知させること(実際には、非公開決定の通知書にその理由を付記する形で行われる。)自体をもってひとまず実現されるところ、本件条例の規定をみても、右の理由通知の定めが、右の趣旨を超えて、一たび通知書に理由を付記した以上、実施機関が当該理由以外の理由を非公開決定処分の取消訴訟において主張することを許さないものとする趣旨をも含むと解すべき根拠はないとみるのが相当である。したがって、上告人が本件処分の通知書に付記しなかった非公開事由を本件訴訟において主張することは許されず、本件各文書が本件条例五条(2)アに該当するとの上告人の主張はそれ自体失当であるとした原審の判断は、本件条例の解釈適用を誤るものであるといわざるを得ない。

3  そこで、本件においては、進んで、本件各文書が本件条例五条(2)アに該当する情報であるか否かを検討することとする。

本件各文書は、逗子市監査委員が五九年監査請求又は六〇年監査請求につき監査を行い、これらに理由があるか否かなどを決定するための資料とする目的で収集した情報であるから、逗子市の機関内部における意思決定過程における情報に当たるものと解される。したがって、これが本件条例五条(2)アの規定に該当するか否かは、これを公開することにより公正又は適正な意思決定を著しく妨げるか否かにより決定されることになる。

右規定にいう「意思決定を妨げる」とは、当該意思決定それ自体を妨げることのほか、将来における同種の意思決定の障害となることも含まれるものと解するのが相当である。そして、当該情報を公開することにより、今後行われることのあるべき同種の意思決定のための資料の収集に障害を生ずることも、これに含まれると解される。

右のような観点から検討すると、上告人の主張に照らせば、逗子市監査委員が監査を行うための資料として関係行政機関の職員から事情を聴取した結果を記載した文書の中には、地方自治法二四二条が監査記録を公開することを予定していないため、同監査委員限りで参考にするにとどめ公開しないことを前提として提供された機密にわたる情報が含まれている可能性があり、仮にそのような情報が含まれているとするなら、これを無条件に公開することは、関係行政機関との間の信頼関係を損ない、将来の同様の事情聴取に重大な支障を及ぼし、公正又は適正な監査を行うことができなくなるおそれがあるものというべきである。したがって、そのような情報は、本件条例五条(2)アに該当するとして、これを非公開とすることが許されるものというべきである。

ところが、原審は、本件各文書が当該監査の意思決定を妨げることがなく、監査委員の調査の結果を公開することが一般的に公正適正な監査の意思決定を妨げることになるとも認められないとの理由をもって、本件各文書に将来の監査における意思決定を著しく妨げるおそれのある情報が含まれているか否かを具体的に検討することなく、これらが右規定に該当しないと断じたものであるから、右判断には、本件条例の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。

以上によれば、前記2のとおり理由付記に関する本件条例の解釈適用を誤り、また、右のとおり本件条例五条(2)アの解釈適用を誤った結果、本件各文書には右条項に規定する非公開事由があるという上告人の主張を排斥した原審の判断には、違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるというべきである。

4  論旨は、以上と同旨をいう限りにおいて理由があり、原判決は全部破棄を免れない。そして、本件については、以上に述べたところに従って非公開事由の有無について具体的に審理判断を尽くすため、原審に差し戻すのが相当である。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官亀山継夫 裁判官河合伸一 裁判官福田博 裁判官北川弘治 裁判官梶谷玄)

上告代理人横溝徹の上告理由

第一 逗子市情報公開条例五条(2)ウの該当性について

一 争訟の方針に関する情報とは

1 本件各文書は、逗子市情報公開条例五条(2)ウ所定の非公開事由に該当し、非公開とすることができるものである。

2 上告人は、被上告人からの本件公開請求に対して、本件各文書が「市又は国の機関が行う争訟に関する情報であり」非公開事由があるとして非公開拒否処分をしたものであるが、原審は、右の点について、本件各文書に事実関係の調査結果の範疇を超える事項のあることを認めず、かかる事実関係に関する情報は、仮にこれが新たな争訟を誘発することになるにしても争訟の方針に関する情報に該当しないと判示した。

しかしながら、右の原審の判断は、当該非公開事由の意義を不当に狭めて解釈するものであり、到底認められるものではない。

3 情報公開制度においては、情報公開による弊害を防止するため各種の非公開事由を定めている。かかる制度の本質として、適正妥当な情報の管理によって市民の権利保障と公益のバランスを図ろうとしていることも否定できない。

そして、本条例が非公開事由として争訟の方針に関する情報を掲げる趣旨は次のとおりである。すなわち、対立利害関係者が存在する争訟の性質からすれば、その方針に関する情報が開示されてしまうと、それが相手方に知りうるところとなり、権利関係の確保維持という争訟の目的を達成することが困難となってしまう。そこで、争訟の帰趨を決するような争訟の方針に関する情報を非公開とし、もって、争訟に関する事務執行の適正妥当を図ろうというのである。

4 かかる法令の趣旨からいえば、公開請求にかかる情報が過去の事実関係に関する情報であったとしても、争訟の方針に関する情報に含まれるというべきである。

すなわち、争訟の解決のためには、あらゆる情報が訴訟等の証拠資料となることが想定され、争訟関係人としては、これらの情報を収集、分析し、解決に向けて方針決定していくのである。最終方針の決定に至るまでには、途中の交渉方針のほか、事実の確定、法律解釈等各種の段階を経るのであるが、それらの決定に際しては、事実関係に関する情報が判断の基礎となることはいうまでもないはずである。

そこで、争訟の帰趨に影響を与える情報については、事実関係に関する情報を含めて非公開とされなければ、争訟の目的は達成できない。たとえ争訟の見通し、方針自体が明らかとならないとしても、事実関係に関する事項が公開されれば相手方には相当程度その見通し、方針が推認されてしまうからである(手の内を明かす状態となってしまう)。

この点、原審は争訟の方針に関する情報として「事実認定に関する事項」をあげているところであるが、「事実認定に関する事項」には、事実関係に関する事項を含めるのが自然な解釈であり、原審の判断に理由の齟齬あることはあきらかである。

5 また、原審は、事実関係に関する情報を争訟の方針に含めることについて、かかる解釈をとると、「一般的な行政解釈や従前の行政庁の処理に関する事項がすべて非公開とされることになり兼ねない」と危惧するものであるが、前述のように解するからといって、右にあげる情報のすべてが非公開となる筋合いのものではない。

行政解釈や行政庁の処理に関する事項は、紛争の発生の段階に至って初めて争訟の方針に関する情報となりうるものと考えるべきである。

その場合はまさに、当事者の対立関係が発生しているのだから、相手方に手の内を明かしては、適正妥当な紛争処理の判断を下せず、ひいては公益を維持することができないのである。

従って、事実関係に関する事項については、それがいかなる争訟のいかなる資料となり得るかを判断しなければ、争訟の方針に関する事項に該当するか否かは決定できないはずである。

この点、原審は事実関係に関する事項であるから、直ちに争訟の方針に関する情報ではないと論難しており、法令解釈違背、審理不尽の違法性があることは明らかである。

6 本件各文書にかかる情報は、上告人が原審で主張したとおり、池子弾薬庫敷地内の未登記土地について、その売買契約の有無、代金の授受、国に移転登記がされた際の逗子市の処理方法、国との交渉の経緯、真正な登記名義の回復登記についての処理方法などである。(原判決事案の概要第7項)

たとえ、これらの情報が事実関係の調査結果あるいは関係行政機関の従前の取り扱いに関する聴取結果を越える内容のものでないとしても、係争土地の法律関係に関する情報であることはまちがいなく、争訟の発生に伴いその帰趨を決する重要な資料となるのである。従って、前述のとおり、本条所定の争訟の方針に関する情報に含まれうると解すべきものである。

二 争訟の発生

1 以上の情報は、本件各文書につき情報公開請求がなされた平成四年三月三一日当時、東京高裁に係属する本件住民訴訟に関して争訟の方針についての情報に該当するものというべきである。

2 確かに、本件住民訴訟は、逗子市住民が登記名義人である国に対して提起した訴えであって、逗子市が訴訟当事者となるものではない。しかし、右訴訟は、逗子市住民による監査請求に端を発し、右住民が地方自治法二四二条の二第一項第四号の規定に基づき逗子市に代位して提起したものである。訴訟では逗子市が係争地である池子弾薬庫敷地内の土地について国に登記移転を行ったことについて直接法律上の当否を争われることになる。従って、逗子市の法律関係に関して争訟は発生しているというべきである。

3 さらに、逗子市は、地自法第二四二条の二第六項、行訴法四三条三項、同法四一条一項、同法二三条に基づき、本件住民訴訟に訴訟参加しうる、あるいは参加せざるをえない立場にあった。

この場合、逗子市にとっては一般的抽象的に訴訟追行の可能性があるだけでなく、具体的な法律関係の存否を争う訴訟について自ら訴訟関係人となる具体的蓋然性が発生しているというべきである。逗子市自身が訴訟に参加すれば、正に当事者として裁判上自己の行政活動の適否を争うのである。このような状況に鑑みれば、本件各文書が「争訟の方針に関する情報」となることは明らかであり、自ら訴訟参加を決しえない上告人としては、将来発生する蓋然性のある争訟について、右情報が非公開事由に該当するものと判断するほかなかったのである。

三 後段要件該当性について

右に検討したことからいえば、本件各文書の公開により、「当該争訟事務の目的が失われ、あるいはその公正かつ円滑な執行を著しく妨げられる」ものといえ、本条例五条(2)ウ後段要件の該当性も認められる。

すなわち、争訟の方針に関する情報は、一旦公開されれば争訟の相手方の訴訟資料ともなりかねず、正に対立関係にある相手方との間で適正な解決を目指し、もって公益を図ろうとする争訟の目的を達成することは困難となるのである。

この要件については、公開することにより生ずる行政事務運営の支障と非公開とすることによる住民の不利益とを比較衡量して決すべきであるが、争訟の方針に関する情報については、前述のように、それが一旦公開されれば、相手方に手の内が明かされ、円滑適正な争訟処理はほとんど期待できない。

本件の場合についていえば、本件各文書の情報は前述のとおり、池子弾薬庫内の未登記土地の処理等に関するものであり、争訟の中心的な争点である逗子市の未登記土地の管理取扱事務の適否を決しかねないものである。かかる情報が公開されると、逗子市の争訟事務は大きく制約を受け、適正な争訟事務によって、行政の安定性を維持しようとする目的を阻害するおそれが十分生じうる。

かかる観点から上告人の行った本件非公開処分は、前述した情報公開制度の趣旨にかなうものであったといえるのである。

第二 他の非公開事由該当性について

一 上告人は、本件各文書にかかる情報が、本条例五条(2)ウ所定の「争訟の方針に関する情報」であることのほか、条例五条(2)ア等の非公開事由に該当することも主張するのであるが、原審はかかる主張に対して、非公開処分について処分通知書に付記しなかった非公開事由をもって、同通知書に付記した事由に代替させ、あるいはそれを補充することは許されないと判示する。

しかし、情報公開制度に関しては、このような硬直的な理由付記規定の解釈は認められるべきではない。原審は、以下の点での法令解釈の違法があるものである。

二 理由追完の適法性

1 行政処分における理由付記の趣旨が、処分者に理由を付させることによって判断の合理性を担保し、かつ、処分の相手方に対し不服申立ての便宜を与えるという点にあることは、疑いのないところである。その趣旨は、処分の相手方に対し行政手続上の保障を与えるものであって、重要な意義を有するものであることは上告人も否定するものではない。

しかしながら、行政手続の保障は、他方で行政運営の効率性、経済性との緊張関係を生ずることもまた事実である。仮に、処分について争いが生じた場合に理由の差し替えや補充が一切認められないと解すると、処分者は同一の請求に対し改めて手続きをやり直すこととなり、理由の異なる同一処分の繰り返しあるいは紛争の再燃など行政経済、公益性を著しく害する事態が生じかねない。この点に関し、理由付記を明文で要求している場合には、理由の差し替え、追完を一切許さないとの解釈も首肯できないではないが、そのように解すると、不利益処分一般に理由付記が求められる今日においては、行政経済や紛争の一回的解決といった利益を達成することが不可能となってしまう。

従って、処分についての理由の追完が認められるか否かは、当該処分の根拠となる法令ないし制度の趣旨を踏まえて個別具体的に検討されるべき事項なのである。

2 この点、情報公開制度に関しては、非公開処分の違法性を争う争訟の場で理由の追完が認められるべきである。

すなわち、情報公開制度で非公開事由を定めた趣旨は、前述のとおり公開による弊害を防止するためであるところ、情報の公開という性質からすると、当該情報が本来非公開とされるべきものであっても、一旦公開されてしまうと事後的に右弊害の除去を図ることが不可能となってしまう。行政機関がたまたま非公開の理由を欠落させてしまった場合にもその追完を認めないならば、公開によって回復不可能な弊害が生ずることになりかねず、かかる不都合は、情報に個人情報が含まれる場合などにより顕著となる。情報公開に関わる紛争は、その性質上一回的解決の要請が極めて強いのであり、非公開処分が争われた場合には、付記理由のほかに非公開事由がないのか否か判断する余地があるというべきである。

処分の性質をみても、情報を公開するか否かは知る権利の保障と行政の公益性維持という二面を配慮して決せられるのであり、付記理由により処分の同一性が失われるとは解されない。従って、争訟の対象となるのは、当該処分の違法性一般というべきである。

3 以上のとおり、情報公開制度においては非公開事由該当性について理由の追完を認めることは可能なのであり、むしろ制度の趣旨を没却させないためにも許されるべきである。上告人としては、原審の判断に法令解釈の違法、理由不備の違法があることを主張するものである。

三 非公開事由該当性について

1 本件各文書は、「市の機関内部における意志決定過程における情報」(条例五条(2)ア)であって、これを公開することによって、公正又は適正な意志決定を著しく妨げるものであるから、非公開とすることができるものである。

2 本項は、行政内部の調査・研究・検討等の意思決定過程における情報について、右意思決定の公正・適正を担保するために(意思決定への支障を要件として、かかる情報を非公開とすることができるとしたものである。

本項に関して、まず、監査にかかる情報は、行政内部の意思決定過程における情報に該当するといえる。すなわち、監査委員は、独任制の執行機関であり、自治体の他の機関から独立し自らの責任をもって、自治体の財務に関する事務の適正を監査するのであって、意思決定の適正公正を確保するという本項の趣旨からいえば、かかる監査意思決定のための情報も非公開とされうるものということができるのである。

そして、本件について、非処分決定の対象となった関係行政機関への事情聴取記録は、監査のために収集された情報であるから、右意思決定過程における情報というべきである。

3 後段該当性について

さらに、本件各文書は、本項にいう「公開することにより公正又は適正な監査意思決定を著しく妨げるもの」であり、非公開事由の要件を満たす情報であるというべきであるから、これを否定する原審の判断は到底首肯できない。

そもそも、本項は、行政の意思決定が円滑に行われるため、具体的意思決定のみならず、将来の一般的意思決定過程に支障を及ぼす情報についても非公開とすることを目的とするものである。

この点については、本条例に関する「情報公開ハンドブック」(乙第一号証)記載の情報内容の例示および説明3に、意思決定過程における情報として「公開することにより、今後十分な検討材料を得られなくなる情報」と明記されているところである。

右のような情報が公開される場合には、意思決定に必要不可欠な検討材料が取得できないこととなり、本来あるべき適正な意思決定が阻害され、行政の円滑性、公益性が著しく害されるのである。

4 かかる観点からみた場合、本件各文書が公開されることにより、適正公正な監査意思決定に支障を与えるものであることは明らかである。

すなわち、本件各文書は池子弾薬庫内の未登記土地の処理等について、逗子市職員の他、横浜地方法務局横須賀支局統括登記官、関東財務局横浜財務事務所横須賀出張所管財第二課長、横浜防衛施設局施設管理課基地対策官等々に対する事情聴取記録であり、これらの情報が市の機関たる監査委員と被聴取者との信頼関係に基づいて任意に提供され入手したものであることは疑いないのである。これらの情報は、当該監査の適正公正のために不可欠な資料であることはもちろんであるが、監査後これを公開するということになれば、個人や他の行政機関などがこのような事情の聴取・情報の提供に応じなくなることがおおいに予想される。右情報提供者は、監査委員の依頼に応えて、本来公表する義務のない自らの職業上、権限上の事項を供述しているのであるから、それらの供述自体は公開されないことが相互の信頼関係の中で確認されているのである。

かかる信頼関係に反して情報を公開すれば、情報提供者の側に不信の念が生じ、ひいては、事情聴取などの監査活動が阻害され、十分な検討材料が得られなくなる状況が生ずることは明白である。

結局、本件各文書のごとき事情聴取記録を公開することは、今後の監査の意思決定の適正公正を著しく妨げるものというべきである。

5 この点について、原審は、「監査委員の調査の結果を公開することが一般的に公正適正な監査の意思決定を妨げることになると認められない」とするが、上告人は、監査の意思決定を妨げるのは、およそすべての調査結果の公開ではなく、監査のためになされた関係行政機関に対する事情聴取記録の公開であると主張するものである。

従って、本件各処分において、上告人たる監査委員が「住民監査請求にかかる関係人の事情聴取記録」のみを非公開として一部公開承諾処分を行ったことは、適法な処分であったのである。この点において、原審の判断には、審理不審、理由齟齬の違法があるものというべきである。

以上の点より、上告人は、原判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背があり、又重大な審理不審、理由齟齬の違法があるものとして破毀を免れないものと主張する。

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